JESUS
 
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怪力サムソン
 

「このとき、主の霊が激しく彼の上に下って、彼は、まるで子やぎを引き裂くように、それを引き裂いた。」(士師一四・六)

 サムソンは主に聖別された生まれつきのナジル人として聖霊様による特別な能力が与えられていました。怪力です。しかし、彼が主に従って、その賜物を神様のために用いない限りは遊女におぼれて人々を困らせるばかりのつまらない生涯でした。ある時、サムソンはペリシテ人の娘を心に留め、その女との結婚生活を夢見ながらサムソンの父母の所へ結婚許可を求めに帰りました。敬虔な信仰者であるサムソンの父母は律法に背く異邦人との結婚の願いのゆえに心をとても痛めました。このように日々、肉の思いのまま気の向くまま暮らすサムソンが、ある時、葡萄畑にやって来ると、そこに神様よりの裁きの象徴であり、審判の道具でもある一頭の若い獅子が送られ、吠えたけりながら牙をむいて真っ直ぐサムソンに立ち向かってきたのです。

「このとき、主の霊が激しく彼の上に下って、彼は、まるで子やぎを引き裂くように、それを引き裂いた。」(士一四・六)。引き裂かれた一頭の若い獅子! サムソンは怪力です。その後しばらく日数が経ったある日のこと不意にサムソンはあの獅子の死体をもう一度見たいと思いつき、以前獅子を引き裂いた現場の脇道に一人入っていきました。すると、何とそこに発見した獅子の引き裂かれた死体の体の中に蜜蜂の群が巣を作って住みつき、そこにあまいハチミツを蓄えていたのです。サムソンは喜んで獅子の体じゅうからハチミツを手でかき集めて歩きながら食べ、家に持って帰って自分の父母にもおみやげとしてプレゼントしました。

 この不思議な出来事を霊的に解釈すると象徴的な意味があります。旧約時代、主は律法を目安として、罪人にはいつも吠えたける獅子のごとく厳しく裁かれるお方でした。しかし、公義の神様の罪人に対する聖なる御怒りといきどおりは新約時代になって、人類の代表罪なきイエス様において建物を守る避雷針に雷が集中して落ちるようにただお一人に下られたのです。そのためキリストは神様の人類への聖なる御怒りといきどおりに触れて厳しく審判されたためとこしえの御霊によってもっとも凄惨な処刑道具、十字架につけられ(ヘブル九・一四)、肉体が引き裂かれ、血潮を流して死なれたのです。その様はサムソンに宿る聖霊様が獅子をまるで子やぎを引き裂くように、引き裂いて殺したようでもありました。その後三日目によみがえられたイエス様は四十日間弟子たちに現われ、御自身の復活を証明されてから天に昇られ、それからしばらくした十日間が過ぎた、復活より合計五十日間の日数が経ってから天よりの約束の聖霊様を私たちに注がれたのです。

 その注がれた聖霊様の恵みは、引き裂かれた獅子の体内からしばらくした後、集められた甘いハチミツのようであり、厳しい旧約の律法的裁きの御言葉が聖霊様の力でイエス様の十字架上、引き裂かれた御体を通して、その内よりあふれ出た甘い赦しと癒しに富む新約の恵みの御言葉に変えられたのです。まさにサムソンのなぞかけ「食らうものから食べ物が出、強いものから甘い物が出た。」(サム14:14)とは引き裂かれたイエス様からあふれ出た甘い聖霊様の蜜のような恵みだったのです。その祝福の蜜はサムソンが父母に分け与えたように、私たちの全家にも及ぶ両手いっぱいの祝福なのです。

 かつてヨナタンが、森で見つけたハチミツを杖の先でとって食べると、疲れた体が回復して目がきらきら輝いたように(Tサムエル一四・二七)、聖霊様の蜜を食するならば私たちも癒されて回復し、目を輝かせる霊的命の糧となるのです。

 ある町に裁判官を務める父親と自動車事故を引き起こした息子がいました。簡易裁判の日にこの息子は法廷に立たされました。その日、何と裁判官は自分の父親その人でした。裁判官は実の息子に対して獅子のように厳しい顔で接し、法廷を開催しました。裁判官は質問します。

「被告人、まずあなたの名前と住所を述べなさい。」息子は全く驚いた様子で答えました。「お父さん。私はあなたの子どもですよ。あなたが一番よく知っているでしょう。」しかし、裁判官は律法的に毅然とした態度で厳しく被告人の息子を制して、再び同じ質問を繰り返しました。このようにして裁判がとりおこなわれ、詰問の結果、最終的な判決は被告人に対する罰金刑ということで法廷は閉じられました。その日、家に帰った息子は父親に質問しました。「お父さん、お父さん。どうして今日、お父さんはあんなに厳しく私を取り扱われたのですか。私を愛していないのですか。」父親は息子を優しく抱擁して微笑みながら答えました。「愛する我が子よ。私は法廷についている時、私は公義の裁判官なのだよ。誰であっても被告人には厳しく正しい判決を下す立場にあります。しかし、今は違います。こうして家に帰ると私はあなたの父親です。息子よ、あなたの今日受けた罰金は、私が全額代わりに支払ってあげましょう。」

 イエス・キリストの十字架で、引き裂かれた肉体とそこから流れ出た血潮を通し、父なる神様に出会う時、公義の審判官は優しい父となり、全ての律法的罪の負債は免除され、誰でも神様の子供としてアバ・父と呼びながら親しく甘く恵みに富む聖霊様の蜜を体験できるのです。ハレルヤ。




 
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