イスラエル


 

「イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」(マタイ24:3)

イエス様は弟子たちの質問に答えて世の終わりの七つの前兆について具体的に預言されました。これらは2000年前のイスラエル陥落前に一度成就しましたが、歴史は繰り返します。終末期の今、イエス様再臨前にもう一度成就します。まず、世の終わりの全世界に見られる一般的な前兆として、第一にイエス・キリストの名を名のる異端者が大ぜい現われ多くの人を惑わすということです。今の時代に諸教会が異端と定めるニセキリスト教はここ一世紀位の期間に現われたものが大半で、その特徴は教理的な過ちから7種類ほど分類できますが、共通して異端は決して十字架をかかげず、使徒信条を告白できず、イエスを主と告白できません。彼らの教祖は一様に「私こそキリスト(救い主)だ。」と自称して多くの人を惑わしますが、その内側は霊的に大人しい羊よりはむしろ凶暴で貪欲な狼のような反キリストと呼ばれる宗教的な惑わしの悪霊であり、木の実が多くの時間をかけて結ばれるようにやがて異端者の本性も時間が経つと現われてきて見分けられます。そして彼ら異端者の出現自体がイエス様の預言通り一つの終末の前兆なのです。

第二の世の終わりの前兆は戦争のことや、戦争のうわさを聞く、そして戦争が必ず起きることです。初代教会の時代は地球の裏側で起こった戦争のうわさが何ヶ月もかかって最新情報のうわさというよりはすでに終息した古い出来事として語り伝えられましたが、今ではメディアの発達で地球の裏側のニュースも瞬時にリアルタイムの映像付きで見聞きできる戦争が速やかにうわさとなる時代です。このような科学技術が発展しメディア革命した今の時代こそ預言通り終末期です。20世紀は、前世紀と比べ2度の世界大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、湾岸戦争…そして最近ではイスラムへの報復戦争など戦争が極端に急増、大型化している特長があります。

第三に民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がる現象です。第二次世界大戦以後は植民地独立運動の急速な流れの中で民主主義と共産主義など思想間の違いからもともと一つの同民族が分裂して敵対し国境を設ける民族紛争が増大しています。

第四に方々にききんと地震が起きる現象です。今、人口爆増に追いつけない食糧生産、加えて地球の温暖化と砂漠化拡大により方々にききんが増え、大地震の多くが20世紀に集中しており、ほぼ10年ごとに地震回数も急増しています。

第五に大迫害が起きる預言ですが、今現実に共産主義圏やイスラム社会主義圏などでは信仰の自由もなく、クリスチャンとして生きることには迫害が伴っています。

第六に太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象が揺り動かされる現象です。この御言葉の意味は文字通り第三次世界大戦による原水爆弾使用後のきのこ雲や公害による光化学スモッグの大気汚染など数々の理由が推測されます。もし核戦争によって核爆発や大火災が起き、煙や粉塵が大量に噴き上げられると太陽光をさえぎり、地上が極度に寒冷化する核の冬現象になります。その際、最悪の場合は氷点下25度まで下がり家畜も植物も全滅し、食糧不足だけで世界中の10−40億人が餓死する危険性もあります。

さらに聖書的に終末前兆のもう一つの意味はヨセフの見た夢のように太陽は父、月は母、星は兄弟たちを現わし、一家の中心的太陽のように明るく命を供給するべく父親が暗く権威を喪失し、母親も生活力の光を失い、子供たちも教育の軌道を離れて堕落するいわば家庭崩壊の叫ばれる時代こそ終わりの時であるという預言でもあります。

第七の世の終わりの前兆は人の子のしるしが天に現われてからイエス様が天の雲に乗って空中再臨されるのを見ることです。それから大きなラッパの響きとともに天使たちが遣わされ世界中からクリスチャンを御許に集めてこの世が終わります。しかしながらこれら7つの前兆は第七のイエス様の空中再臨以外、初代教会の時代から今まで形を変えながら何度も繰り返し小規模で起きていた現象であり、ただ違うのは世の終わりになるとこれらすべてのことがもっと全世界的規模で顕著かつ集中的に現われてくるということです。しかし、最後にイエス様が預言されたいちじくの木のたとえ話だけは他の預言と異なり、明確でイスラエル一国限定の歴史中ただ一度だけ成就する特別な限定的預言です。聖書ではいちじくの木とはイスラエル国家のユダヤ人だけを現わすからです。

「いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。そのように、これらのことすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。」(マタイ24:32−33)

いちじくの木とは、もともとイエス様が実を結ばないことを確認したうえで呪って枯らしたことのある木です。(マタイ21:19)この行動は、信仰の重要性についての教訓以外、イエス様を拒み、神の国のために実を結ばない背信のイスラエル国家もいちじくの木同様やがてローマ帝国に滅ぼされて枯れることをも預言的かつ警告的に現わした出来事でした。AD70年、預言通り呪われて滅ぼされてしまったイスラエル国家のユダヤ人はその後約1900年間も国家を持たない民族として枯れに枯れてしまったいちじくの木のようになりましたが、イエス様のもう一つの預言であるイスラエル国家の滅亡だけでなく、このいちじくの木イスラエル国家がもう一度生き返って「枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏が近いことがわかります。」という御言葉通り、国家再建という民族的いのちの復活以降、永遠の「夏」なる輝かしい天国がイエス様再臨と共に到来することをここに預言していたのです。通常の木は花が散った後、そこから実をならせますが、いちじくの木は漢字で「無花果」と書く通り、花を咲かせず初めから小さく丸い穂をならせ、これがそのまま大きくなって結実します。イスラエル国家の再建も通常の隣国と美しい花をそえた国際的平和協議の上で徐々に建国されるスタイルとは異なり、対話と協調の花を見ることなく短期間のたった8日間で悲惨な戦争に巻き込まれながら突然建国されました。

そのような意味からもイスラエル国家は預言通りいちじくの木にたとえられますが、その日、1948年5月14日のイスラエル国家再建という出来事がまさに枯れたいちじくの木の奇跡的復活であり、この日から徐々に枝が柔らかになり、葉が出て来る成長過程同様、確実にカウントダウンしながら世の終わりが近づいているのです。イエス様はさらにこのような預言もされました。

「まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。この天地は滅び去ります。しかし、私のことばは決して滅びることがありません。」(マタイ24:34、35)

ここで預言された「この時代」(this generation)「単数形で一世代のこと」とは欧米社会では30年間と考えますが、ユダヤ人社会では一世代を50年間と考えます。そこでここでは、平均的ユダヤ人男性一人が生まれてから引退までの一世代50年間をイスラエル国家全体の誕生から完成まで実際に起きた歴史的出来事に対比させながら終末期を五段階に分類して預言してみます。不思議なことに驚異的な一致を見ることができます。では、世の終わりがいつごろであるかについて具体的にユダヤ人の生涯を見てみましょう

第一に誕生です。ユダヤ人男性は生まれた後、8日間は幼子の様子を見守り続け8日が経つと人として生命力が強く今後も生きられることを確信して割礼という儀式を幼子に施して命名し神様に捧げます。生後8日間が過ぎるまでは割礼を施すにも人間的にまだ弱く生死さえはっきりしない状態だからです。こうして割礼が終わるとこの子は確かに人々から祝福されてその誕生を認められます。

実はイスラエル国家再建といういわば国家誕生の様もちょうど同様の過程を通りました。1948年5月14日から21日までの8日間、イスラエル誕生に猛反発したアラブ諸国との間に独立戦争が勃発したからです。数千万人のアラブ諸国にわずか50万人の生後まもないイスラエルがまともな武器もなく戦い、まさに8日間はイスラエルにとって生きるか死ぬかの命がけの戦争でした。しかしながら神様の御心にかなった再建であったため奇跡的にイスラエルは勝利し、独立国家としてその誕生を認められ、いわば国家的に一つの割礼を受けた状態となったのです。

第二にユダヤ人男性は13歳になると一人前の独立人としてバールミツバと呼ばれる成人式を迎えます。成人式の儀式では親戚などを招いて盛大に祝い、少年にトーラーをヘブル語で朗読などが義務付けられ、13歳以降はユダヤ人男性として社会的に独立した成人であることが公に認められ自分の事は自分で責任を持って統治するようになります。

1948年から13年目の1961年、イスラエル国家も一人前の成人独立国家として公認されるような歴史的出来事が起きました。それはかつてのナチス・ドイツのヒトラーの下、ユダヤ人を大量虐殺した首謀者の一人アドルフ・アイヒマンという人物をイスラエル国家当局は南アフリカで独自に逮捕、拘束しました。しかし、建国まもない微弱なイスラエル国家にはまだ、まともに裁判ができないと考えた国際世論とそれを真に受けた国連はこの人物を国連側に引き渡すよう要求して来ました。ところが、イスラエル政府は断固としてこの人物を拘束し、トーラーを基準に独自の裁判をかけて死刑にしました。この事件を機会に全世界は今やイスラエルは一国で責任を持って独自の裁判権と統治能力のある独立国家にまで成長したことを公認し、ある意味でイスラエル国家が国際社会の中で一人前に独立した成人式を迎えたといえる出来事だったのです。

第三にユダヤ人男性が19歳になると軍隊に入らなければならず、その年から多くの戦争についての専門知識を体得するよう訓練され特殊教育を受けます。

イスラエル国家再建19年目とは1967年、確かにこの年は6日間戦争が勃発した年です。イスラエル国家に対してアラブ諸国軍が攻撃を仕掛け、この年の戦争を第一開戦として合計4度の中東戦争が起き、結果としてイスラエルは占領地域を大幅に拡大し続け、多くの戦争についての実践教育を受けたものとして軍国化され、国家的に強く武装された軍人のように特殊教育を受けて成長しました。

第四にユダヤ人男性が30歳になります。すると彼らは一様に「宗教と平和」を真剣に求める世代になります。宗教的に重要な使命を果たす祭司長などは30歳を過ぎて初めてその地位につける資格を得ます。

イスラエル国家の場合、独立30周年目になりますが、この1978年にはキャンプデービッドの合意が成立し、アラブ・イスラエル紛争の解決のベースになりました。さらにこの年を境に前年はエジプトとイスラエルの間に和平関係がもたれ、翌年は聖書預言にアメリカが介入しワシントンDCでカーター大統領の主導でベギン首相とサダト大統領の間で和平条約が成立し、国際的協調関係を確保し宗教行為にまいしんできる平和で安全と言われる新時代に突然変革しました。この際、ベギン首相とサダト大統領はその功績を称えられて「平和」というキーワードを含むノーベル平和賞を受賞し、2002年にはブッシュ大統領の戦争突入姿勢に警告の意味も含めてかつて平和的に大統領別荘地キャンプデービッドで仲介役を果たしたカーター元大統領にもノルウェーのオスロでノーベル平和賞を授与し、聖書預言がここでも「平和」というキーワードを含みながら徹頭徹尾、成就しました。カーター元大統領は敬虔なクリスチャンであることが知られていますが、彼は大統領任期中も主日礼拝を守り、日曜学校教師という教会内の奉仕を辞めませんでした。

そして第五にユダヤ人男性が50歳になると軍務や公務からすべて引退する一世代が終わる年齢です。イスラエル国家の場合、国家誕生半世紀を記念に1998年はイスラエル独立50周年祭典が開催されましたが、この年はまさにユダヤ人男性一世代が公務から一斉引退する年であり聖書的にも重要なヨベルの年でありました。しかし、50歳になったユダヤ人男性がすべての職場の第一線から身を引く年齢であったとしてもまだ、これから先、老後の隠居生活が残っています。定年退職後の人生がむしろ最も安定しているとも言われるようにイスラエル国家の将来はただ、主のみ知られます。このようにユダヤ人男性の一生涯とイスラエル国家完成までの一連のプロセスの対比には驚異的な一致を見ましたが、一般的に明言できることは長生きする老人も、その反対の老人もいますが、老人は一様に永遠の夏なる明るい天国に最も近い高貴な存在であり、イスラエルの将来をユダヤ人の一生涯と対比して預言するならば明らかに人の子イエス様の空中再臨は私たちの想像していた以上に近いと言えるでしょう。