現代医学


 

コロサイ1:15でイエス様について「御子は、見えない神のかたちである。」と書かれたとおりイエス様は目に見えない父なる神様の本質の完全な現われとして目に見える形で世に来られ、その肉体の命なる血潮は、人の罪を聖める父なる神様の聖さをそのまま直接受け継いだ特別な血統だったということを理解するために一つのたとえ話をしたいと思います。

 最近バイオテクノロジーの分野で特に日本が盛んに研究実践している遺伝子組替えによるクローン牛というものがあります。高品質の霜降り牛を安定的に大量供給できる日を夢見て実験されているものですが、その生産方法は通常の交尾による牛の受胎法とは根本的に異なるものです。まず優秀な血統を持つ、霜降りの高級オス牛の耳や背中のような皮膚からDNA細胞を取り出します。次にメス牛から卵細胞を取り出し、これを弱い電気刺激の力で電子顕微鏡で見ながら卵細胞の中に直接オス牛のDNA細胞を入れて受精させます。これが成功すると卵細胞は核分裂を始めます。そしてこのような状態になった卵細胞をメス牛の胎内に再び戻すと、そのまま身ごもり出産出来るのです。しかもこの場合、クローン胚は精子を使わず、卵子からも核を除いているので、これら生殖細胞から遺伝情報は引き継がず、生まれた子牛には父親のオス牛から体細胞の遺伝情報による血統だけがそのまま受け継がれ、母親のメス牛の性質は一切受け継がない、父牛と全く同じコピーのような子牛だけが誕生出来るのです。そのため父牛が優れていればそのまま血統ある父牛どうりの優れた高級牛だけが大量生産可能となるのです。日本ではこの分野で特に優れた技術を持っており、すでに世界トップレベルで出産に成功しております。現在、このこころみは動物実験に限られ、人体実験においては全世界的に禁止しておりますが、実に理論的には全く同じことが人間にも成り立つそうです。

 詩篇139章15〜18節では人間について

「私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組みはあなたに隠されてはいませんでした。あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。神よ。あなたの御思いを知るのはなんとむずかしいことでしょう。その総計は、なんと多いことでしょう。それを数えようとしても、それは砂よりも数多いのです。」とありますが、天国の神様の書物には文字通り個人情報のすべてが書きしるされており、地上でもこれに似た設計図のようなものが人体にはあります。それは私たちの脳内細胞は約30億もあり、その一つ一つの細胞の中にはさらに染色体があり、染色体の中には3万から4万個程の遺伝子が収まってあります。その遺伝子の実体はDNAという物質の連なりであり、これは血液の細胞から白血球を取り出して特殊な処理をすると砂よりも数多い個人的な遺伝情報を書きしるされたヒトゲノムというタイトルが付いた書物のようなDNA(デオキシリボ核酸)が出てきます。このDNA細胞という設計図を使った繁殖技術です。

 すなわち人間の受胎法にも二通りありうるのです。一つは通常どおり、結婚した男女間の結合により種を受けた女性が身ごもるものであり、この場合、生まれる子供は父親と母親の両者の性質を掛け合わせ持つことになります。

 しかし、もう一つの受胎法は男女の結合なきマリヤのような処女でも可能なものであり、それは男性のDNA細胞を皮膚から取ったものを女性から直接取り出した卵細胞に弱い電気刺激の力で直接入れてから核分裂させて、これを再び女性の胎内に戻す方法です。もし、この受胎に成功すれば、理論的には母親の性質は全く持たない、父親のDNA細胞の設計図どおりのコピーのような完全な現われとして、全く父親と同じ性質を持つ子供を出産出来るのです。

 イエス様の生誕は、たとえてみると、これに少し似た面を持っており、母親マリヤの胎内の子宮内には一つの生命が宿る過程で人間の種以外の何らかの神様よりの神秘的な直接の働きかけがあったことは確かです。

「私は生まれたときから、あなたにいだかれています。あなたは私を母の胎から取り上げた方。私はいつもあなたを賛美しています。私は多くの人にとっては奇蹟と思われました。あなたが、私の力強い避け所だからです。」(詩七一・六、七)。

 その奇蹟とは旧約聖書中、繰り返し預言されていた救い主キリストの生誕についてのロゴスの御言葉がある日、突然、天の御使いにより、レイマの直接の父なる神様よりの御言葉となってマリヤに受胎告知された時、

「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」(ルカ一・二八)。

「ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。…」(ルカ一・三一)。 

 このレイマの御言葉が、父なる神様よりのDNA細胞のごとく生きた種となってマリヤに入り、その瞬間、処女マリヤの胎内に働きかけた弱い電気刺激のような働きかけが聖霊様の感動、感化だったのです。それゆえ、マリヤは処女にもかかわらず身ごもることができ、やがて時満ちて生まれ出たお方、キリストは生まれつき人間の罪の種を全く受けずに、父なる神様より直接レイマの御言葉の種だけを受けた「神の言葉」として父なる神様と同一の御性質を合わせ持ち、ヨセフの種もマリヤの性質も一切受け継ぐことなく、ただ父なる神様のコピーのように同一のイメージと栄光の完全な現われとして御父と全く一つになって世に産まれて来ることが出来た、まさに神様がそのまま人間となった救い主なのです。そのためその命であるイエス様の血潮こそ正統的に純粋な父なる神様よりの血統であり、人間の罪が全く交わらなかった聖なる命の源流であり、このような尊い血潮が十字架上注がれたのです。

 

                    女の子孫

 初めの人間アダムは自由意志を乱用し、善悪の知識の木の実をとって食べる罪を犯したため、神様から離れた罪人として堕落しました。ただ善だけ知っていれば良かったはずのアダムは悪をも知る者となり、その内に罪悪を宿しました。そのためアダムより世界に広がった全人類は、皆、父から子へ代々、罪の血の種を遺伝的に与えながら身ごもり出産を繰り返してきた為、人々はこの内に巣食う原罪と戦いながらも生まれつき御怒りを受けるべき子らとして、誰一人これに打ち勝てる人はいませんでした。ダビデはこれを嘆いて告白しました。

「ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私を身ごもりました。」(詩五一・五)。

 しかし、最後のアダムなるイエス様はこの人類共通の課題である原罪という大きな問題をみごとに全面解決した上で世に生まれて来られた救い主です。イエス様は、はじめの人間アダムのように肉の父親によらず特別な方法で生まれたお方です。聖霊様により処女マリヤを通して出産されたことによりイエス様は「女の子孫」(創三・一五)として肉の人間の父親の遺伝的な罪の血の種を受けることなく生まれることに成功したのです。普通は全ての人は「男の子孫」として肉の父親の罪の血を受けてから身ごもります。しかし、イエス様だけは肉の父親の種を受けずに聖霊様によって身ごもりました。医学的には血液は必ず父親から遺伝し、母親からは一切胎児に入らないようにできています。もともと人の男性精子にも女性卵子にも血はありませんが、これらが輸卵管内で一つになる妊娠の瞬間、血液型が決定します。やがて胎児が胎内で成長する過程でも母親の血が胎児に一切入れないように胎盤で保護されます。そのため血液は母親ではなくただ父親からだけ子供に遺伝するそうです。こういう訳で肉の父親と関係なく聖霊様によって生まれたイエス様は人間に代々流れる原罪の要素が全くないお方であり、その血潮の中にはただ天の父なる神様よりの正義と聖い命が流れており、天の父なる神様の血統を直接受けて生まれることに成功した世界で唯一の罪なき救い主なのです。このような救い主として資格ある貴い血潮が十字架上、私たちの為に注がれたのです。

 イエス様の公生涯、周囲には信仰深い女たちが大勢いて仕えており(マタイ二七・五五、マルコ一五・四一、詩六八・一一)、もし、願われれば結婚し、子供たちをたくさんつくることも十分できたはずです。しかし、イエス様が父なる神様の特別な御計画の中で、そうされなかったのは、そのような肉による出産のかたちで神様の子孫を地上に増大させ、世を救うことを願わず、むしろ信仰によって御名を信じる者を救われることを願って御心の内に定められたからです。

「しかし、この方(イエス)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血(人間的な血筋)によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」(ヨハネ一・一二、一三)。

 実に「義人は信仰によって生きる。」からです。そのため今は唯一、神様が人となられたイエス様の御名を信じた人々に約束の聖霊様が注がれて、罪なき女の子孫イエス様の信仰の子孫として罪なき神様の子供たちに新生出来るのです。それが医学の説明を超えた私たちの聖霊のバプテスマと呼ばれる生まれ変わりの貴重な体験なのです。ハレルヤ。