知恵袋


                     

                      夢の力

聖書の示す知恵袋である夢の力について学びましょう。ヨセフは17歳のとき夢を見ました。その夢は真に神様からの将来起こりうる出来事の預言でした。太陽月星のような両親と兄弟たちが自分を伏し拝むほどヨセフは栄えに満ちた偉大な王権ある人物になるという啓示です。この預言的な夢のゆえにも兄弟たちに憎まれたヨセフはエジプトに奴隷として売り飛ばされ厳しい試練を受けましたが、30歳のときかつての夢が現実化しました。そのきっかけとなった出来事も神様から与えられた夢を解き明かす特別な能力でした。獄中にいたヨセフが他の囚人二人の夢の意味を解き明かしたことが、やがて神様の時満ちて、エジプトのパロ王の耳に入り、夢に悩まされていたパロ王の前に立たされることとなりました。ヨセフはパロ王の夢の意味である今からおとずれる7年間の大豊作とその後の7年間の大飢饉を預言的に解き明かし、その解き明かしが良かったことにヨセフは認められて、公の前で祝福を受けてパロ王のかたわらに立つ王の全権を託された国務総理にまで高められました。一般的に夢とは、ぼんやりした霧のような現実とは異なる仮想の世界ですが、時にこのような神様から啓示された預言的な夢もありえ、その場合は必ず祝福をもたらすチャンスとなります。夢はすべて神様からの啓示とは限らず預言同様、吟味が必要です。時に悪魔から来る人を恐れさせたり、だましたり、誘惑する性質の悪い悪夢があり、人間自体も霊があるため体の必要や精神的状態などの必要な状況からも夢を見ます。しかし神様の与えてくださった夢には必ず共通の特徴があります。それは必ず神様からの夢は苦難を乗り越える力を与えてくださり、災いを祝福に変えることができ、救いをもたらします。ヨセフはつらいエジプトの13年間もの試練の期間にもすべてを失われても失われない唯一の無形財産、神様からの夢があり、この夢の力に支えられて獄中にまで落とされても罪を遠ざけ、信仰を守り通し、やがて約束された神様の祝福を獲得できました。夢の力は偉大です。最近、私は夢を見ました。私が教会学校の現場で教師たちと子供たちに質問しました。「あなた方は夢をよく見ますか。」それに答えて子供たちが可愛く答え始めました。すると今度は私が言いました。「神様はあなたがたに希望を与えようとして夢を見せてくださるのですよ。」夢から覚めて、なるほどと思いました。人間には未知の秘められた能力がたくさんあります。生き続ける力、自ら癒される力、信じる力…私が発見したのは交通事故に遭うとき、瞬間的にクラッシュしたり車外に放り出されるときでも、迅速冷静に判断して怪我が極力少ないように対応できるようすべてのシーンがスローモーションになって見える世界です。ゆっくりだから実際にはコンマ数秒の世界でも敏速に対応できます。経験者はご存知でしょう。さらに、秘められた神秘としてよそ見して歩きながら電信柱に頭を強打したときなど目をつぶった暗闇の世界の中にもピカピカッと光る電工石化のような火花が飛び散るのが実際に見えます。神様が与えてくださった一つの演出効果でしょうか。さらにまた、人が本当に厳しい人生の試練の只中で自殺するか、生きるかの選択を迫られるほど日々生きることが困難な希望の見えないときに、神様は夢を、しかも希望系の夢を見せて力づけてくださいます。私が新宿のホームレスの人々に伝道して、質問したときに彼らもそれを認めていました。実際の生活が厳しく生きるのがつらいときに限っていい夢を見ると。それは人間が悲しみにつぶされて自害しないように夢を通してでも希望を与えて、生き延びられるように神様はそのような秘められた能力を与えてくださっているのです。夢さえあればどんなに環境が最悪でも耐えて耐え抜いてやがては立ち上がれます。「その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。」(ヨエル書2:28、29)今は終わりの時代です。聖霊様がすべての人に注がれるときです。だからこそ今、夢が大切なのです。聖霊様の言語は夢と幻です。聖霊様はあなたに働きかけ、夢と幻を与えて語りかけています。多くの場合はあなたが気付いていないかもしれません。しかし現実です。「アブラハム・イサク・ヤコブの神である」と父・子・聖霊の神様はモーセに語られましたが、アブラハムは信仰の父として独り子イサクを捧げた父なる神様のモデルであり、イサクは十字架の祭壇に従順に捧げられた神様の独り子イエス様のモデルであり、ヤコブは聖霊様のモデルです。ヤコブは、しばし教会を象徴する横になっていた石の枕を立てあげて、石の柱にして聖霊様の油注ぎを預言する油をそこに注ぐ人でした。そして、ヤコブははしごに天使が上り下りする夢を見る人でもありました。今日、聖霊様はあなたに働きかけて夢で語りかけています。み声に気付いて解き明かしてください。ソロモン王は一千頭の全焼のいけにえを捧げた日の夜、夢で主に出会いました。「あなたに何を与えようか。願え。」ソロモンがその夜願った祈りのリクエストは神の国と神の義を第一に求めた神様の民イスラエルを正しくさばく能力でした。御心にかなった願いをしたソロモンは祝福され、それ以上のすべての必要も添えて与えられましたが、このような栄華を極められたソロモン王の出世のきっかけも夢による神様との対話にありました。ネブカデネザル王は自分が見た夢の意味を解き明かす者が誰もいないことに腹を立て、腹いせにバビロンじゅうの知者をすべて滅ぼし始めました。当然、知者ダニエルにも殺害の手が伸びてきましたが、かれが難を逃れバビロンじゅうの知者を救ったのは、ダニエルの夢を解き明かす力でした。ダニエルは神様の力で王の夢がこれから起こるネブカデネザル王以降の4つの時代に栄える王国についての預言である事を示しましたが、最後の王国は永遠に滅びない王国、イエス・キリストに続く天国の到来の預言でした。新約聖書で最も重要な神様が人となってこの世に生まれて来られたイエス・キリストの聖誕の出来事でも夢は重要な役割を果たしました。当時、結婚前は1年間は婚約者として互いにふれない別々の生活をする花嫁修業の期間でしたが、日に日に婚約者マリヤのお腹は大きくなっていきました。当然、ヨセフは彼女が他の男と姦淫の罪を犯してみごもったものと考え、彼女をさらし者にしかくなかったので、内密に去らせようと決定していました。しかし、主の使いが夢でヨセフに現われて言いました。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」ハレルヤ。もしヨセフに夢による啓示がなかったなら、離別された妻マリヤは失望して中絶や、まかり間違えばさらし者となって律法主義者による石打の刑で流産の危険性もあったのです。主は偉大な啓示を些細な夢で与えられます。主は今日も語りかけておられます。神様からの啓示に従って歩めば決して失望や失敗などありえません。私たちの人生はおおよそ決まった本流のような強い運命的な流れがあります。しかし部分的に分かれてはまた合流する支流のように水路を変更することも可能です。それは祈りによって可能なのです。私は日々多くの夢を見ます。教会員の隠された罪や悩みについて見ることもあります。それは聖霊様が私に牧師ゆえ誰にも言わずにその聖徒のために執り成し祈れというサインととらえます。時に将来起こりうる出来事についても事前に夢で示され、後に現実化した預言成就を見ます。この世では予知夢とも言いますが、私は子供のときからそのような現象がしばしありました。しかし、当時は夢が現実に起こっているという現象を知りつつも何もできないただ、運命に流されている状態でした。与えられた神様からの能力がコントロールできない状態です。しかし今、聖霊様を受けて救われ、同様の預言的な将来起こりうる夢を見た場合は祈ります。祈るとき、追い迫る運命的な悲劇は近いところまで現実化しても結局すべてのトラブルは事前に回避されます。事前に示された夢による啓示が良い内容であったときには、ただ感謝の祈りを捧げてやがて起こりうる夢の成就を見ます。そのような時は確かに夢の成就が預言の成就となります。祈りは大切です。私たちの日々の祈りがどれだけ多くの危険を回避し、あるいは祝福をもたらしているのか私たちには分かりません。しかし確かに祈るそのとき神様の御手は働かれ祝福をもたらしてくださいます。聖霊様は夢と幻を通じて働かれあなたを祝福してくださいます。睡眠中に見る夢だけでなく、心に日々熱く抱く情熱的な希望の夢、明確な目標と幻。これが大きな力となって現実社会を生きるうえで試練を乗り越え勇気を持って進んでいく原動力になります。大きな心の夢と幻を抱いて希望をもって下さい。あなたは神様に愛された聖霊様の働かれる信仰の人だから。あなたの夢を現実に。信じて希望を抱いて祈り続けましょう。神様からの夢は必ず苦難を乗り越える力を与え、災いさえも祝福に変え、完全な救いをもたらします。  

  こんなとき どうする?>力になってくれる聖書の御言葉 PART1

イエス様は40日間の断食祈祷に勝利された後、サタンの挑戦を受けられましたが、

見事に御言葉と信仰の力ですべての誘惑(目の欲、暮らし向きの自慢、肉の欲)に打ち勝たれました。

「イエスは答えられた「人はパンだけで生きるのではない。」と書いてある

。」(ルカ4:4)(肉の欲に勝利

「イエスは答えて言われた。「あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えなさい。」と書いてある。」(ルカ4:8)(暮らし向きの自慢に勝利

「するとイエスは答えて言われた。「あなたの神である主を試みてはならない。」と言われている。」(ルカ4:12)(目の欲に勝利

イエス様に学び、「聖書に・・・と書いてある!」と信仰で告白するその時、私たちにも助け主、

聖霊様が臨まれてあらゆる種類の誘惑に打ち勝つことができます。実践してみましょう!

ケース1 例えば心がかき乱されるときには、大胆にこう告白しましょう。

「聖書に、あなたは心を騒がしてはいけません。と書いてある!

こんなとき

御言葉(・・・と書いてある)

書いてある個所

@心がかき乱されるとき

@あなたは心を騒がしてはいけませんと書いてある!

ヨハネによる福音書14:1

A恐れ

A全き愛は 恐れを締め出すと書いてある!

ヨハネの手紙T 

4:18

Bおくびょう

B神が下さったものは臆病の霊ではなく 力と 愛と慎みの霊ですと書いてある!

テモテへの手紙2 

1:7

C怒り

人の怒りは神の義を 実現するものではないと書いてある!

ヤコブへの手紙 

1:20

D不幸への恐れ(将来への不安)

主の計画は災いではなく平安と将来を希望を与えるものだと書いてある!

エレミヤ書 29:11

私の命の日の限り 慈しみと恵みとが私を追ってくると書いてある!

詩篇 23:6

E憤りが続くとき

日が暮れるまで憤ったままではいけませんと書いてある!

エペソ人への手紙

4:26

F思い煩い

思い煩いを一切神にゆだねなさいと書いてある!

ペテロの手紙1 

5:7

G高慢な思いになるとき

神は高ぶるものを退け へりくだる者に恵みを与えると書いてある!

ヤコブへの手紙 

4:6

H世のものを愛したくなるとき(世的になるとき)

世をも 世にあるものをも愛してはいけませんと書いてある!

ヨハネの手紙1 

2:15

世を愛することは 神に敵すると書いてある!

ヤコブへの手紙 

4:4

Iねたみの思いに捕らわれる時

愛は人をねたまないと書いてある!

コリント人への手紙1 13:4

J 自制心を失うとき

御霊の実は 自制ですと書いてある!

ガラテヤ人への手紙5:22

K出来ないと思うとき

私は 私を強くしてくださる方によってどんなことでも出来ると書いてある!

ピリピ人への手紙 4:13

こんなとき どうする?>力になってくれる 聖書の御言葉 PART2

イエス・キリストの御名によって宣言します!(・・・と書いてある!) 

L憂鬱(ゆううつ)

憂いの心の変わりに賛美の衣をと書いてある!

イザヤ書 60:3

いつも喜んでいなさいと書いてある!

テサロニケ人への手紙T 5:6

M落ち着きがないとき

落ち着いて 信頼すれば 力を得ると書いてある!

イザヤ書 30:6

Nお金に対する執着

Oけち

金銭を愛することが あらゆる悪の根だと書いてある!

テモテへの手紙T 

6:10

おしまずに施し、喜んで与えるようにと書いてある!

テモテへの手紙T 

6:18

 P神のことを第二 第三にしたい

 神の国と 義を第一に求めなさいと書いてある!

テモテへの手紙T

6:18

 Q祈りたくない思い

誘惑に陥らないように目を覚まして祈っていなさいと書いてある!

マタイの福音書 

26:41

 R物欲

今もっているもので満足しなさいと書いてある!

へブル人への手紙 

13:5

 S災いへの恐れ

正しいものは何の災害にも会わないと書いてある!

箴言 12:21

21 明日への心配

明日のための心配は無用です。明日のことは明日が心配しますと書いてある!

マタイの福音書 

6:34

何を食べるか 何を飲むか 何を着るかなどど言って心配するのは止めなさいと書いてある!

マタイの福音書 6:31

22 不品行 姦淫に類する思い

神は不品行なものと姦淫を行う者を裁かれると書いてある!

へブル人への手紙

13:4

23 サタンの圧迫を感じるとき

兄弟たちは子羊(イエス)の血によって彼に打ち勝ったと書いてある!

ヨハネの黙示録 

12:11

24 憎しみ

兄弟を憎むものは 皆人殺しです

ヨハネの手紙T 3:5

25 疑い 不信

愛はすべてを信じると書いてある!

 コリント人への手紙T13:7

恐れないでただ信じなさいと書いてある!

マルコの福音書5:26

26 自分中心の思いに捕らわれる時

何事も自己中心や虚栄からすることなく へりくだって互いに人を自分より優れたものと思いなさい。 自分のことだけではなく 他の人のことも顧みなさいと書いてある!

ピリピ人への手紙 

2:3−4