創造か・進化か?                            


 以下の小論は、欧米をはじめ世界17か国でも翻訳発行されており、有識者達からも好評です。
 日本の教科書も、科学の諸法則(メンデル・熱力学・パスツールの実験等)に反する進化論教育でなく、良識ある明るい希望にみちた道・真理・命の教育を願い、本論を捧げます。

 山形大学工学部元講師:月岡世光  →17か国語で読む『創造か・進化か?』

聖書には、『初めに神が天体と地球を創造し、つぎに植物と動物を「その種類にしたがって」造り、最後に「人」を造って命の息(霊)を与えた』と書かれています。これは今日の科学と矛盾しません。
 また進化説では、すべてのものは偶然によって出来上がり、アメーバやクラゲのようなものが魚になり、それがワニや恐竜のようないろいろな動物に変わって、さらにサルのようなものから今の人間になったと言っています。
 あなたはそのような下等動物の子孫として生まれてきたのでしょうか。
 あなたの人生で最も大切なことですから、正しい科学を通して、よく考えてみましょう。


1.キリンの首は?

 「キリンは高い木の葉を食べようとして首が長くなった」(ラマルク説)とか、「高い木の葉まで食べられる首の長いキリンが代々生き残った」(ダーウィン説)とかいいます。
 そうすると首の短い子どものキリンは、生き残れなかったことになります。首の長くなることが進化で適者生存なら、首の短い一般動物は適者として生存できないことになってしまいます。
 また「首が長いほど、敵を早く発見して逃げられた」と言いますが、首が長ければ目立って、敵からもかえって発見されやすいことになります。

 だから、キリンの首は、進化や適者生存で長いのではないことがわかるでしょう。
 木の葉が食べられない羊は、草を食べることができます。
 自然淘汰や自然選択も同じ意味で、それによって羊がキリンになることはありません。
 それは動物も植物も、原種を「神がその種類にしたがって造った」という聖書(神のことば)が真実だからです。神は、キリンはキリン、羊は羊として造られたのです。


2.突然変異は、良い種をつくらない

 突然変異は、10万回に1・2回の割合でしか起こりませんが、そのほとんどのものが機能障害をきたしていて、突然変異の積み重ねによって退化はしても、進化はしないことがわかります。
 突然変異は、放射能や化学薬品によっても、遺伝子に影響しておこります。
 広島や長崎の原爆の放射能で、奇形、損傷、死産などが現れました。
 また催眠剤「サリドマイド」などの化学薬品も、胎児に悪影響を及ぼして、難聴や、手の短い奇形の赤ちゃんさえ生まれました。
 また突然変異に関する多くの実験の結果、突然変異では動植物の新しい種類ができたことは一度もなく、同じ種類内の変化にすぎませんでした。自然選択と突然変異等を総合しても同じことです。


3.生物には中間形(移行段階)のものが1つもない

 進化論では、「動物も植物も、単純な種類から次第に複雑な種類になった」と、化石を順に並べます。すなわち、A→B→Cと進化したといいます。
 しかしもしそれが真実なら、AからBに、またBからCに進化するまでの中間形ABやBCを示す種が、存在するはずです。しかし化石をいくら調べても、そのような移行段階にあるものは一つも発見されませんし、現在の動植物にも、そのような中間形は一つも見当たらないのです。
 これも「全知全能の神がその種類にしたがって造った」という、聖書のことばが正しいことを物語っています。
 また進化が事実であるなら、手や足や目などの発達段階にある生物が存在するはずですが、そのようなものは、過去にも現在にも一つも見当たりません。
 生物はそれぞれが一つ一つ、すべて完全にできているのです。


4.別の種類にはならない

 同じ種類の中での変種(A1とA2) 、または (B1とB2) は進化ではありませんし、A種がB種になることは絶対ありません。メンデルの遺伝法則からも明らかで、犬にはいろいろな変種ができても、犬から猫は生まれません。
 進化説では、進化と変種を混同しており、変種ができているうちに別の種類のものになるだろうと、思い違いをしているのです。
 これは想像上の産物で、科学上の事実ではありません。真の科学者は、事実を素直に認める態度を持っている人です。
 同じ種類内でも、変種をつくるのに限界があります。たとえば、馬とロバをかけ合わせるとラバが生まれるが、ラバどうしでは不妊で子を生めません。
 またライオンとヒョウの間にはレオポンが生まれるが、これも不妊で、同一種内での限界を示しています。
 生物実験で、A種の卵子に、A種に最も近いB種の精子を結合させようとしても、種類が違うと、精子は卵子の中に入ることがどうしてもできません。それで、人工的に卵子の外膜を取り除いて精子を中に入れても、精子は死んでしまいます。

 犬と猫や、牛と馬を交配させても子はできません。人に対して、チンパンジーやサルでも同じことです。血液も、染色体も違うからです。
 神は人を人として造られたのです。とくに、人には神から霊が与えられているので、人は神を知り、神に祈ることができます。私たち一人一人は、神からの賜物です。


5.構造や発育が似ているのは

 植物の場合でも、動物の場合でも、それぞれの構造や諸器官や発育する過程が似ているのは、同じ造り主によるからこそ、造り方や材料(核酸とタンパク質)が似ているのではないでしょうか。

 似ていることは進化の証拠にはなりません。 建物にたとえると、犬小屋→木造平屋→鉄骨建→鉄筋コンクリート建へと自然に変化していくことはありませんし、また犬小屋をもとにして木造平屋が造られるのでもありません。それぞれが、その種類、用途に応じて造られます。
 現在の科学では、人間の卵子も精子も、「人間のもの」としてはっきり確認できます。人間の胎児は「人間の胎児」として確認されます。
 人間はいかなる発育段階においても、魚の呼吸機構のような「えら穴」はありません。この肉塊は、耳腔や鼓膜や中耳の三小骨などをつくり上げていくものです。
 人体の180もの痕跡器官と言われていたものも、現代科学によってそれは全部私たちの体に重要なホルモンの分泌腺であることが判明しました。これらのことは、比較解剖学、古生物学、血清学、遺伝学にもとづく明白な事実です。


6.進化していない

 進化説では、単細胞動物(アメーバの類)→無脊椎動物(クラゲやイソギンチャクの類)→脊椎動物(魚類)→両棲類→爬虫類→哺乳類→人間と、長い期間に進化してきたと言います。
 それならその長い期間に、進化しないアメーバやクラゲ、魚などが現在もなお存在しているのは、なぜでしょうか。
 最近山形県で1500万年前という魚の化石が発見されましたが、同じ種類の現在の魚と比べてみると、ほとんど変わっていないのです。これらは1500万年かかっても「進化しなかった」という証拠になるでしょう。
 生ける化石動物といわれるヒレの長い肺魚シーラカンスも、魚が地上動物になる段階の魚で、7千万年前に死に絶えたと言われていましたが、最近マダガスカル島沖で、生きたものが何十匹もとれています。
 これは魚類も、それぞれ「その種類にしたがってつくられた」証拠です。

 植物でも、何億年前というイチョウやブドウの葉の化石が、現在の葉と変わっていないのは、なぜでしょうか?


7.ノアの大洪水

 恐竜時代、地球は温暖で、南極にも熱帯性の植物が生い茂っていた証拠があります。
 ところが地球が急に寒くなり、恐竜たちは寒さに耐えられなくなって急に死滅していますが、進化説ではその原因がわからないのです。

 このような激変を、聖書だけが説明しているのです。
 創世記には、世界的な「大洪水」について書かれています。それまでの地球は起伏が少なく、大気は厚い水蒸気の層(大空の上の水)でおおわれていました(聖書の創世記1章6−7節)。
 それで地球全体は、年中、温室のように温暖でした。古生代の木に年輪がないのは、寒暖の差がなかったからで、1年中温暖であった証拠です。
 また地球の大気をおおう厚い水蒸気の層は、地球の外から来る有害な宇宙線や、紫外線、エックス線等に対して、反射や吸収をするフィルターの役目を果たしていました。
 洪水以前に聖書に出てくる人々が長命なのは、そのせいもありましょう。
 また、年代測定に用いられる炭素の放射性同位元素C14が半分に減るのに、5730年かかると言われています。ノアの大洪水以前には、大空の上の水に反射・吸収されて、地上は放射性同位元素の量が少なかったのです。
 それで、ノアの洪水以前の大気の状態を無視すると、とてつもなく長大な誤った測定結果になります。C14が最初から少なかったからです。聖書の年代に対して、進化説の年代が非常に長いのは、この誤りと、長大な時間があれば進化するだろうと仮定しているからです。
 地球の上空をおおっていた大量の水の降下と、地下水の噴出によって、地球の温室状態は取り除かれて、太陽の光を斜めに弱く受けるようになった北極と南極の地方は特に冷え込み、多くの動植物が氷の中に閉ざされました。
 青草が口の中にあるマンモスの発見は: そのためです。また地球上の多くの巨大な熱帯性植物や動物が、大洪水の土砂によって埋められました。
 それらが地熱により亜炭、石炭、石油となって、今発掘されているのです。このノアの大洪水の激変を無視してその説明をすることは、困難です。
 死んだ動物や植物が自然に放置されたままでは、風化作用によって、ほとんど跡形もなく分解して、土のちりになってしまうからです。
 洪水の時、地球は急激に冷えたので、地表は収縮変動して起伏が多くなり、高い山や深い海ができて、洪水が引きました (聖書の詩篇104篇8節参照)。

 今、高い山からも貝の化石が発見されますし、またグランドキャニオンをはじめ、世界の多くの地層は、大洪水の跡を示しています。


8.地層と化石

 世界の地層と化石の大部分は、この世界をおおった大洪水の泥水が沈殿していくときに出来ていった、と考えられます。地層が帯状で何層にも重なるのは、それを証明しています。

 最下層には、海底の動植物の化石が多く、上の層に行くにしたがって、魚類→両棲類→地上動物−−と。人間や知的な動物は、洪水が増すにしたがって高い所へ逃げてから濁流に飲みこまれたので、比較的上の層から発見されます。これは進化の順序ではないのです。
 また生物の化石は、生存中か死の直後、泥土ですぐ埋められなければ出来上がりません。水中や空気中では腐って分解してしまうからです。
 大洪水は多くの民族の伝説にもあります。


9.原人についても

 原人といわれるネアンデルタール人やクロマニョン人は、頭蓋の容量が現代人よりも大きく、体は直立していて現代人に劣りません。
 現代人にも、いろいろな骨格の人がいます。進んだのは文明文化の進歩ですが、古代文明の建築技術に現代よりすぐれたものがあるのは、なぜでしょうか。
 そのほかのジャワ人、ラマピテクス、アウストラロピテクス等の化石の断片は、大きな猿のものであることが最近わかりました。


10.生命のない物質からは

 最近、分子生物学の研究が進むにつれて、生命のない物質から生命が発生するということは、何十億年かかっても起こり得ないことが、わかってきました。これはパスツールの実験でも明らかです。


11.科学の基本法則からも

 たとえ一つの細胞が出来たと仮定しても、そのままでは、時間が経つとともに分解して、元素に戻ってしまいます。これは、
 「組織の高度なものは次第に低下して、簡単なものになる」
 という「熱力学の第2法則」(エントロピーの法則)があるからです。
 科学の法則でも、退化はしても進化はしません。


12.どうして無性から有性に

 それなのにどうしてその細胞が、2倍に4倍に8倍にと、細胞分裂して増え続けるのでしょうか。
 またその無性の生殖が、どうして有性の生殖になるのでしょうか。雌と雄によって子供が出来るためには、雌も雄もそれぞれの生殖器官が、同時にしかも双方がすぐ近くで、完全に子供の生めるものに変化しなければなりません。
 そのような変化が双方同時に起こるとしたら、進化は奇跡以外の何ものでもありません。


13.複雑で精巧な細胞

 一つの細胞を、電子顕微鏡で観察すると、その構造が生きた大都市のように、複雑精巧に出来ているのに驚きます。
 その中心にDNA(核酸)の糸があり、人の場合はその糸を引き延ばすと、1.5メートルにもなります。その糸はラセン状の平行線で、ハシゴのような階段があって、なんと50億ものいろいろな遺伝情報が、その階段に組み込まれています。
 50億というと、1000冊の大百科事典の活字の数くらいで、世界の人口くらいです。これほどのものが、顕微鏡でやっと見える一つの細胞の中の核に含まれているのです。
 たった一つの細胞でも、偶然や進化で出来たものでないことがわかりましょう。
 あなたの頭脳には、約140億の神経細胞があり、その1つの細胞は電子計算機よりも複雑精巧に出来ており、しかも互いに連絡し合って働いているのです。だから、あなたの頭脳はとてもすばらしいのですよ。


14.毎日1兆2千億の細胞が体内で

 あなたの体は、60兆ものいろいろな細胞によって、つくられています。そして毎日そのうち2%の1兆2千億もの細胞が、体内で新しく造られ、古くなったものは分解されて体外に排泄されているのです。
 どんな科学者でも、たった一つの細胞でも造り出せませんが、毎日だれが1兆2千億もの細胞をつくり、あなたを生かしているのでしょうか。全知全能の神のほかには考えられません。


15.体は変わっても、変わらない霊

 このように新陳代謝することによって、あなたの体の血液をはじめ、筋肉や140億の脳のタンパク質まで、わずか120日で新品になります。
 それなのに記憶が残るのは、なぜでしょうか。「私」という意識も変わりません。それは肉体の物質的な構成によって精神(霊)が出来るのではなくて、霊は神から与えられている証拠です。
 聖書には、「神は土のちり(元素)で人を造り、その鼻に命の息(霊)を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった」−−が、やがて「ちりは、もとあった地に帰り、霊はこれを下さった神に帰る」と書かれています。
 (聖書の創世記2章7節・伝道者の書12章7節参照)


16.わずか290日

 あなたは受精した一つの細胞から、何百万年もかかって、進化して出来上がったのではありません。母の胎内でわずか280日で、立派な人間として体のすべての器官が完全につくられたのです。
 そして「オギャー」と生まれた瞬間、それまでオヘソから酸素や栄養をとっていたのが、鼻や口に自動的に切りかえられて、呼吸をし、お乳を吸うようになって成長してきたあなたなのです。
 その体は、どんな芸術品も及ばない美しさを持っています。


17.あなたは神の創造

 そのあなたの目だけを見ても、どんな精巧なカメラよりも、はるかに精巧によく出来ています。ピントもシボリも全自動で、カラーで立体的に、しかも連続的に映って見えます。
 カメラでも、造り主がいなければ、偶然に出来上がりません。カメラよりもはるかに素晴らしく出来ているあなたの目が、どうして偶然に進化して出来上がったと言えるのでしょうか。
 そのほかあなたの脳をはじめ、体のいろいろな器官や構造や血液の働きなどの働きを、くわしく調べれば調べるほど、じつに驚くほどすばらしく精巧に、よく出来ていることがわかります。
 一つ一つの器官について考えてみてください。そうすれば自分の体が、偶然や自然に進化して出来上がったのではなくて、英知に富める全知・全能の神によってつくられていることがわかります。
 また呼吸や心臓の動きも、自分の力ではなくて、神によって生かされていることがわかりましょう。とくに人は、神から霊(精神)が与えられています。


18.生きがいは

 カメラはカメラとして造られた用途があるように、あなたは「人」としてつくられ、「造り主」から与えられた生き方(用途)があるのです。
 その造り主である神のみこころを知り、これにかなった生き方をするのが、人として生まれたあなたにとって最も生きがいのある生き方で、心の底からの喜びと幸せを実感することができるようになります。


19.愛

 それは神と隣人への愛の中に生きることです。神を愛し、まわりの人々を愛することです。
 そうすれば、あなたは神から特に愛され、またまわりの人々からも愛されるようにあり、この世で幸せに過ごすことができます。愛こそは人生最高の生きがいです。


20.永遠の生命

 さらに死後においても、私たちが神の国(新しく造りかえられる天地)で神と共に住むことができるよう、「永遠の命」という贈り物を無料で差し出しておられるのです。 これは、全知にして全能なる神が、聖書を通して私たちに約束されていることです。
 聖書は、古今東西を通じて変わらない永遠の真理であり、預言の書です。
 世界の歴史は、すべて聖書に預言されたとおりになってきたので、これから先の未来の預言も成就(的中)することは間違いありません。


21.今のままでは

 今の世界は、大変乱れてきています。それはサタン(悪魔)が私たちを神から引き離そうとして、私たちに罪を犯させるからです。
 罪の原因は、真の神から離れることにあります。サタンは、はじめ天使のひとりでしたが、神にそむいて悪魔になったのです。
 神はサタンを、まもなく滅ぼします。それでサタンは、私たちの間に「神はいない」という間違った思想を流行させたり、偶像(人が木や石や金属で作ったり、紙に書いた物)を拝ませて、真の神から引き離そうとしています。
 お釈迦様や○○上人も立派な人でしたが、死去した人で、神であろうはずがありません。だから神棚や仏壇や神社やお寺には、神はいません。

 死者の霊は、神のもとに帰っています。位牌や墓の中にもおりません。
 神は霊なるおかたであり、人は神から霊を与えられています。人が物の中に、神や死者の霊を入れることはできません。
 だから偶像は、自分の力で一歩も動くこともできないし、火事にあえば焼けてしまう空しいものです。
 またサタンは、親不幸やウソ、憎しみや盗み、強欲や姦淫、堕胎、人殺し、自殺等をさせて、人を罪に落とし入れます。そして神や隣人から引き離そうとするのです。
 今のままでは、あなたは自分の罪のために、火と硫黄の燃える池で、サタンと共に罪の報いを受けなければならなくなりましょう。罪のない人は一人もいないからです。


22.救い主イエス・キリスト

 神のひとり子イエス・キリストは、聖書に預言されていたとおり、今から約2000年前に天から降り、処女マリヤから人の姿で生まれ、この世に来られました。
 そして人々にこの世の真の幸せと、永遠の命を受けられる道を教え、最後に私たちの罪を全部一身に引き受けて十字架にかかり、尊い血を流して、私たちが受けなければならない罪の報いの刑罰を、身代わりになって受けて死んでくださいました。

 そして墓に葬られましたが、神は3日目に生き返らせました。そして多くの人々の中に現われて、死んでも生き返る神の力を証明されました。
 そしてこの世の終わりの時に、神と神の御子イエス・キリストによる罪からの救いを信じた人々や、神のみこころを行なった人々を神の国に導くために、再び来ることを約束して、天に昇られました。
 この世の終末は近づいています。人は死ぬことと、死後神の裁きを受けることが定まっています。
 「天国か、地獄か」あなたはどちらを選びますか。
 永遠の天国に行ける道は、「自分が神の前に罪ある者であることを認め、自分の罪のために死んでくださったイエス様を救い主として信じる」ことです。
 何もむずかしいことはないし、費用もいりません。天地万物をはじめ、あなたをも造り、現に命を与えておられる全知全能の神のみが、あなたに永遠の命と幸せを与えることができるのです。
 一日もはやく、神のひざもとにお帰りください。平安と喜びと愛に満ちた人生を送ることができます。それは輝かしい永遠の命への道です。
 「万物は、神からいで、神によって成り、神に帰するのである」
 「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」(聖書)。   

 



なぜでしょうか?


                                                     科学と人生                                                       

英語版もあります。→English version

 私たちは、日常、身のまわりに起きている自然現象をあたりまえのように思ってすごしていますが、そのひとつひとつを、なぜだろうか? と、よく観察してみると、その中から今まで気づかないでいた、すばらしいものを見出すことができます。
 それによって、ものごとの本質がわかり、生きがいのある人生を見出すことができましょう。


 また、この世限りのように思われていた、尊い生命が、死後にも永遠に生きる道のあることを、発見することができるでしょう。
 あなたのご生涯で、最も大切なこれらのことを、宇宙時代の科学を通してよく考えて見ましょう。

1.なぜ地球には引力があるのでしょうか?



 ニュートンは、りんごが木から落ちるのを見て、地球に引力のあることを発見しました。では、この地球にはなぜ引力があるのでしょうか?
 しかも、もしこれ以上引力が強かったら、私たちの体もなにもかも、重くなって不自由です。また、もし地球の引力が今より少なかったり、なかったとしたら、みんなフワフワ浮き上って困ります。
 私たちの生活にちょうどよい引力、この不思議な引力が、なぜあるのかということは、どんな科学者にも解らないナゾです。

2.なぜ地球は回るのでしょうか?



 毎日一回転するので、昼と夜があって私たちの生活に便利です。
 一体なにが原動力になって、地球は回っているのでしょうか?
 あなたの時計は、正確に回っているでしょうが、ネジを巻くか電池の原動力を与えなければ動きません。

 そして、どんなに正確といっても、1ケ月に1秒や2秒の狂いはあるでしょう。ところが、地球は太陽のまわりを1年間に9億1千万キロメートルも回って、もとの位置にもどってくるのに1秒の狂いもないのです。
 だから、何年の何月、何日、何時、何分、何秒には、地球のどこの地点で日食が見えるとか、月食が見えるということが前もってわかるのです。
 またこの地球は、23度半という傾きを保ちながら回っているので、春夏秋冬の変化があって、1年の生活にうるおいがあります。

3.創造か偶然か



 時計でさえも、歯車を作る人、ゼンマイを作る人、針をつくる人、組立てる人・・・・と、大勢の人たちによって作られています。
 その時計よりも、もっともっと正確で、すばらしく出来ている地球が、ただひとりでに偶然に出来あがるわけがありましょうか。時計でも、ひとりで偶然に出来るわけはないのです。

4.人工衛星と神工衛星



 人工衛星について考えてみましょう。
 人工衛星は、大勢の科学者たちが知恵をしぼって造り上げた、いわば現代科学の成果と言えるでしょう。
 しかし、その人工衛星は、何人かの人を乗せて飛ぶのが、せいイッパイです。しかも、乗っている人は、空気も引力もないところで不自由な思いをしながら生きているのです。

 それにくらべて、この地球は、なんと50億人以上もの人々を乗せたうえに、海や山やその他、いろいろなものを、たくさん乗せ、しかもその周囲は空気の層につつまれているので、宇宙服のような窮屈なものは着なくてすみます。
 また、空気は、無数の流れ星が、私たちの住む地球に当たらないように守ってくれますし、昼と夜とで温度が急変しないためにも役立っています。
 私たちが呼吸をするためにも、音の聞える世界のためにも、空気の恩恵は、はかり知れません。

 また、太陽の光と熱は、生物の成長に欠くことのできないものですが、もし地球の平均気温が、わずか30度でも高かったり、または、低かったらどうなるでしょうか。焼け死ぬか、凍ってしまいます。
 表面温度6千度の太陽からの平均距離も、ちょうどよいわけです。
 また、地球には、適当な強さの引力があるので、生活も便利です。
 このように、よく考えてみると、あたりまえに思っていたことが不思議なことであり、はかり知れない恩恵に浴していることがわかってまいります。
 人工衛星でさえも、大勢の科学者や、技術者たちが科学技術の成果を集めて造ったのですから、それよりも、もっとすばらしいこの地球が、ひとりでに出来あがったなどと、どうして考えられるでしようか。
 天地万物、すべてを造ることのできる神がおられて、その神が、このすばらしい地球をも造られたとしか考えられません。
 人の造った人工衛星に対して、この地球は、神の造った神工衛星といえるでしょう。

5.あなたは今、宇宙旅行!



 現代の人々は、宇宙旅行を夢のように考えていますが、あなたは今、これを読んでいる間も、宇宙旅行をしているのです。
 神の造られたすばらしい神工衛星に乗って、宇宙の空間を、1秒間になんと30キロメートルという猛烈なスピードで走っているのです。

 30キロというと、東京駅から横浜駅までの距離ですが、その間を、たった1秒の間に今飛んでいるのです。時速では10万8千キロの速さです。
 また、地球のまわりをまわる人工衛星は、わずか4万3千キロの軌道ですが、私たちの乗っている地球は、その2万倍もある長い長い軌道をまわっているのです。

6.詩篇と宇宙



 宇宙は、時間的にも空間的にも、絶対に無限です。
 私たちは毎日、目先のことに追いまわされて暮らしていますが、たまには、目を夜の星空に向けてみようではありませんか。
 そして、この宇宙旅行の現実を味わい、神のすばらしい御わざを偲ぼうではありませんか。聖書の詩篇に
 「もろもろの天は神の栄光を現わし、大空は御手のわざを示す」
 と記されています。神は、目には見えませんが、天地万物すべての造り主です。

7.科学の基本法則



 私たちは、科学が発達すれば何でも解けるようになると思いますが、
   なせ引力があるのだろうか?
   なぜ地球が回るのだろうか?
 と、科学の基本法則をなぜかなぜかとたずねていったら、みんな不思議なすばらしい出来ばえに驚くばかりです。
 天体ばかりでなく、植物についても、動物についても、また物理でも、化学でも、すべて基本法則というものがありますが、それぞれの基本法則を「なぜだろう?」と深く研究すればするほど、そこに天地万物すべてを造り、これを統轄している神の存在を認めないわけにはいかなくなります。
 たとえ、そこにどんな過程があったとしても、そのすばらしい出来ばえと秩序正しい働きを見るとき、それが神の御わざではなくて偶然に出来たものだと、どうして考えられるでしょうか。

8.電気の作用



 これらの科学のひとつひとつについて考えてみましょう。
 まず、科学技術の先端をいく電気については、その基本法則に、オームの法則をはじめとして、レンツの法則や、フレミングの法則などがあります。

 たとえば、磁石の間に電線をまいたコイルをおき、これに電流を流すとコイルが動く作用を利用して、スピーカーをならしたり、モーターを回して、電気洗濯機や水揚げポンプ、その他工場の機械を動かす原動力に利用されております。
 また、これらの基本法則を組み合わせることによって、ラジオが聞こえたり、テレビが見えたりします。
 しかし、これらの基本法則を『なぜ、そのような作用が起こるのだろうか?』と探求していくと、万物に共通な同性反撥、異性吸引の整然と統一された+−の現象を見いだすことができます。

9.物質はエネルギー



 化学実験でも同じです。
 原子がプラスとマイナスのバランスがとれるように、分子式や化学方程式が成り立つではありませんか。
 私たちは、化学実験をしても、そこには、一つの間違いもない整然と統一されたものを見出します。

 この+−の関係は、電気や化学ばかりでなく、動物や植物についても同じことが見られますし、また物質を細かく分析した原子についても同じことです。
 即ち、プラスの原子核のまわりを、マイナスの電子がグルグル軌道を回っています。
 それは、あたかも、太陽のまわりを回る地球や、その他の惑星にも似ています。
 その原子核も電子も、物質ではなくて、エネルギー(勢力)ですから、私たちが物質と思っているものは、物ではなくて、エネルギーであることがわかります。
 あなたの体も、あなたのまわりの品物も、すべてエネルギーであるというのが、原子力時代の今日の科学です。
 このエネルギーや、+−の根本的な秩序正しい働きを見るとき、この世の中のすべてのものは、なんの秩序も働きもない、でたらめな偶然と偶然の重なり合いで出来ているものではなくて、天地万物を造られた秩序正しい神の力によって、統一されて出来あがっていることを見い出すことができるでしょう。

10.不思議な種



 植物の大部分は、種から成長しています。
 小さな種つぶの一つ一つを手にとってごらんなさい。リンゴの種、ミカンの種、ナシの種・・・・
 小さなリンゴの種を地にまけば、スクスクのびて、やがてリンゴの木になって、毎年たくさんのりンゴがなります。
 ミカンの種はたくさんのミカンに、柿の種も大木となって、たくさんの柿が、私たちの食べものとして与えられます。
 種の一つ一つをよく観察すれば、みんなすばらしい不思議な種ではありませんか。
 私たちが生きるために、毎日食べている御飯もお米のタネです。
 一粒のお米の種・・・・。それを地にまけば、何百倍にもふえるからこそ、私たちは、それを食べて生きていくことが出来るのです。
 どんなに偉い植物学者や科学者でも、これらの生命のある種をつくり出すことは出来ません。
 お百姓さんは、ただ、それらが育つのを助けているだけです。
 私たちは「働くことによって食物を得る」といいますが、食物そのものは、やはり神によって造られていることが、わかります。
 したがって私たちは、食べ物を食べるとき、造り主の神に、感謝せずにはいられなくなりましょう。

11.すばらしい果実



 果物屋さんの前を通ると、新鮮なよい香りがします。
 その果物の一つ一つを手に取って、よく観察してみましょう。

 リンゴには、リンゴ特有の美しい色とよい香り、また、リンゴしか持っていないおいしい味、また、バナナにはバナナ、ミカンにはミカンといった特徴のある美しい色と香り、そして、それぞれ特有のおいしい味をもっています。
 そのうえじつに、食べよく出来ていることに気がつくでしょう。
 ミカンはその汁を味わう果物ですが、外の皮をむいたとき、中にジュースのような汁がいっぱいつまっていたら、すぐにこぼれて食べにくいでしょう。中には、いくつもの袋があって、袋の中には、汁が細長い細胞に包まれているので、汁をこぼさないで味わうことが出来るのです。
 私たちに与えられた果物の数々・・・・造り主に感謝しましょう。

12.感謝の心で




 日常食卓にでてくる野菜についても同じことです。
 ニンジン、ゴボウ、ダイコン、トマト、ナス、キュウリ・・・・。その一つ一つが、それぞれ特有の色と、香りと、よい味を味わわせてくれます。栄養にも欠かせません。
 造り主である神に、まず感謝しましょう。つぎに、それが育つ手助けをしてくれたり、運んでくれたり、料理をしてくれた人々に感謝しながら、いただこうではありませんか。
 ものごとの本質がわかって感謝の心で食べるとき、その味は、また格別なものです。

13.神の芸術品



 また、神はすばらしい美術家であり、芸術家でもあります。
 道ばたに咲く花にも、それぞれの美しさと、香りがあって、人がまねても、その生きた美しさと香りをつくりだすことはできません。

 神はこの地上にいろいろな美しい花を咲かせて、私たちを楽しませてくれています。
 また、同じ花ならどの花も、花ビラの数からメシべ、オシべの数まで全部同じということも、創造主のすばらしさを、物語っています。
 美術館の風景画や、裸体の彫刻は、すばらしい芸術品です。
 しかし、神のつくられた実際の風景や生命のあふれる肉体の方が、もっとすばらしく出来ていることは、いうまでもありません。
 私たちは、一人一人、神の芸術品です。

 鏡に向かって自分をよく観察してみましょう。

14.目とカメラ



 私たちの目は、小さな結晶体などからできていますが、まわりのものを総天然色に、しかも立体的に見ることができます。
 カラーテレビには、数百個以上の部品が用いられていますが、人の目ほどに完全な天然色にはうつりませんし、まして、立体的には見えません。
 力ラーテレビよりもはるかに小形で、すばらしいこの目!! また、どんなに精巧なカメラでも、目にはとても及びません。

 あなたが今、これを読んでいるとき、目のレンズは自動的にこの書にピントを合わせていますが、つぎの瞬間遠くの景色に目を向けると、目のレンズは自動的にピントを何百メートルでも先の景色にあわせます。
 その目にくらべて、カメラはどうでしよう。
 どんな高級品でも、いちいちレンズを前に出したり、引っ込めたりして、ピントを合わせてやらなければなりません。

 また新型のカメラには、自動絞り装置がついていて、明るさに応じて自動的に絞りが開いたり閉じたりするようになっていますが、薄暗いところでは、シャッターがきれません。
 それに比べて、私たちの目はどうでしよう。
 目の瞳孔は自動的に大きく開いて、薄暗い所はもちろん、もっと暗い所でも見えます。
 明るい所に出れば、自動的に調節してくれます。
 そして、現像、焼付も一瞬間もかからないすばやさで、やってのけるあざやかさは、どんなに精巧な撮影機と映写機を組み合わせたものよりも、はるかにすばらしいではありませんか。
 小さいけれどもすばらしいこの目!!

15.耳や舌も



 耳・・・・その動きは、小さな鼓膜の振動によるものですが、正常な人は、1秒間に16回から2万回までの振動を、左右の耳で立体的、即ちステレオで聞くことができます。
 あなたは、ステレオ電蓄の音響を素晴らしいとお思いになるでしょうが、大小いくつものスピーカーを合わせても、耳の鼓膜の振動範囲には及びません。
 耳からは、二万四千本もの神経の糸が脳に通じています。
 小さいけれども、すばらしいこの耳!!
 舌……もまた、すばらしいです。
 食物を味わったり、噛むときに上下の歯の間に送ってやったり、のみこませたり・・・・、また、話をするにも舌がなければ、しゃべれません。
 目でも耳でも、そのついている場所が、ちようどよいところについているではありませんか。
 もし、目が背中についていたり、口がオヘソの辺についていたら、どうでしよう。

16.脳



 頭の中にある脳は、もっとすばらしいです。
 一瞬一瞬過ぎ去っていく何年何十年もの間のことを、その程度の差はあっても、次々記憶(記録)していって、必要に応じてすぐに思い出す(引き出す)ことができます。
 また、考えたり、計算したり・・・・。
 「私の頭はよくない」などという人がおりますが、すばらしいものです。脳には140億もの神経細胞が、互いに連絡し合って働いています。
 コンピューターはすばらしい機械ですが、そのコンピューターを考案した脳の方がもっとすばらしく、小型で精巧にできているではありませんか。

17.造られ生かされている




 そのほか今日の文明を築き上げた手や、複雑巧妙な体の内部器官の構造や動きの、ひとつひとつをよく観察すれば、どこもかしこも、すばらしくよく出来ていることに、気がつくでしよう。
 こんなにすばらしくできている私たちが、環境や偶然で、ひとりでに進化して出来上ったなどと、どうして考えることが、できるでしょうか。
 私たちの体も、神によって造られ、生かされているのです。
 あなたは、生まれてから今まで、眠っているときでも、呼吸を止めたことはないはずですが、自分の努力によって息を吸ったり、はいたりしているのでしようか。
 「ゆうべは疲れて呼吸するのを忘れた」ということがあったらどうなるでしょう。
 また、あなたは、生まれてから今日まで、心臓の鼓動が止まったことはないでしょうが、これも、あなたの力によって心臓のポンプを動かしているのでしようか?
 このように、自分自身をよく観察するとき、自分というものを造り、そして生かしている本当の意味の親のあることがわかります。
 この親である神のことを、「天の父なる神!」とも呼び、ひとり静かに祈ることによって、この愛にみちた父なる神に、通じることができます。

18.聖書と世界の終極



 聖書は、歴史的に、最も古くから人類の祖先に伝わってきた、古今東西を通じて、変ることのない真理で、神の言葉と言われています。
 聖書には、人生の真の目的や、本当の幸福を得る方法、さらに、死をも越えて永遠に生きることのできる道が書かれております。
 また、何千年も前に書かれた聖書の予言は、その後の世界の歴史を見るとき、その予言の通りになってきているのです。これは、歴史が証明しています。

 聖書は、この世の終りが近づくと、犯罪と災害の多い現在のような世の中になって、最後に、この世界が火で焼かれることを予言しております。
 それは、原始時代にエデンの園で、神にそむいて禁断の知恵の実を食べて、人類は知恵を得たが、その知恵と罪のすえに原水爆を造り、お互いに滅ぼし合う結果になるのかも知れません。
 過去の世界歴史が、ことごとく聖書の予言通りになってきたのですから、この最後の予言が的中することは間違いないでしょう。
 そして世の終わりが来ても、神に従った生者は救われ、死者も神によって復活させられて、共に新天新地で永遠の命と幸福が与えられます。
 一方、真の神から離れていた人は、永遠の火と硫黄の燃える池で、自分の罪の報いを受けることが予言されています。

19.死



 死ということは、考えるのもイヤなことですが、誰でも必ず直面しなければならないことであり、老若男女を問わず、いつ直面するかも知れないので、解決しておきましょう。
 私たちは常に、押ボタンによる原水爆戦争の危機にさらされております。また、個人的にもいつ死ぬかわかりません。

  死ねば、二日もたたないうちに腐りはじめるので、火で焼かれるか、土の中にうめられてしまいます。
 最も尊くて、はかないのはこの命です。
 この尊い命は、死によって滅亡してしまうものか、それとも、死後において永遠の命を与えられる道があり得るものか、一番大切なことですから、真剣に考えていきましょう。

20.いままでのことから



 私たちの住む地球が、神の造られたすばらしい神工衛星であることがわかりました。
 また、自然界の法則や科学の基本法則が、私たちの生活に、すばらしい恩恵を与えていることも知りました。
 野菜でも、果実でも、日常の食べ物、すべてが、神によって造られ、与えられていることがわかりました。
 そして、自分自身を鏡に写してよく観察するとき、目がどんなに精巧なカメラよりも、はるかにすばらしくできていることをはじめ、体の各器官が実に精巧にできていて、神によって造られていることが、わかりました。
 しかも、呼吸や心臓の鼓動を考えるとき、自分の意志によってではなく、神によって生かされていることがわかりました。

21.永遠の生命



 このように、私たちを造り生かしている天地万物創造の神は、全能で、なんでもできますから、たとえ私たちが死んでも、再び私たちを造り生かすことは、たやすいことです。
 神はあなたにすばらしい人生を経験させたいと願っておられます。
 それによってあなたは、この世で本当の幸せを受けるばかりでなく、たとえ死んでも、生みの親である神のもとに帰れるのです。
 そして永遠の命が与えられて、すばらしい神の国で住めることを、神の言葉である聖書は約束しています。

22.罪の重荷




 しかし、私たちは、心静かに過去をふり返ってみるとき、親不孝をしたこともあれば、人をにくんだり、ねたんだり、という心の中の罪をはじめ、さまざまな、目に見えない罪を犯してきていることに、気がつくでしょう。
 そこで神は、私たちを罪の重荷から解放するために、聖書の予言にもとづき、神のひとり子といわれるイエス・キリストを、この地上に送ってくださいました。

23.十字架



 キリストは聖書に書かれているように、私たちに本当の幸福と永遠の生命が与えられる道を教え、最後に神を信じる人々の罪を全部背負って、十字架の極刑にかかってくださいました。
 そして、神の子みずから尊い血を流して、私たちの罪をあがなうために犠牲の死を遂げて下さいました。
 それでイエスさまを、自分の罪を清めて下さった救い主(キリスト)と信じるなら、あなたの罪はゆるされて、人生の生きがいを見いだし、神のひざもとへ帰ることができるようになりました。

24.復活



 キリストは、十字架の上で犠牲の死を遂げられましたが、予言されていたとおり、3日目に復活し、40日間大勢の人たちの中に現われて、神が御子イエス・キリストを通して、「死んだ後よみがえる」事実を証明されたのです。
 それで、キリストを迫害した人たちまでも、キリストが神の子であることを信じるようになりました。
 全能の神にとって、復活は容易です。

25.昇天と再臨



 その後キリストは、神への信仰をもち続けた人たちを、神の国である天国へ導くために、世の終りの時に再び来ることを予言して昇天されました。
 それまでの間、キリストに代わる聖霊が、私たちを導くようになりました。聖霊は私たちの「助け主」です。

26.科学の基本法則と奇跡



 聖書の奇跡についても、前にお話ししたように科学の基本法則を「なぜだろうか?」と深く追求すれば、みな不思議な神の御わざを見出すだけですから、なんでもできる全能の神が奇跡を行なわれたり、神の御子であるイエス・キリストが奇跡をなさったりしたからといって、特に不思議なことではありません。

27.神とともに



 今までのお話で、真の神について、よくわかったことと思いますから、幼な子のような純真な心になって、神を慕い求め、そして神に祈りましょう。
 そうすれば、神はあなたを特に愛し、あなたの祈りも聞かれましょう。
 全知全能の神の前に、私たちの知識は小さなもので、部分的にはわからないことがたくさんあります。
 しかし、基本となる根幹をしっかりつかめば、枝葉のことは自然に理解されましょう。

28.真の生きがい



 私たちは、何のために勉強しているのでしょうか。また、何が目的で毎日働いているのでしょうか。
 究極の目的は「生きがいを得る」ことではないでしょうか。
 本当の生きがいを得る鍵は、聖書の中にあります。富や名誉では、ほんとうの生きがいは得られません。
 私たちはまず、幼な子のように純真な気持ちで、一人ひざまずいて、心静かに過去をふりかえってみましょう。そして神にこう申し上げましょう。
 「私は罪人(つみびと)です。キリストが私のために十字架で、ご自分の命を捨てて下さったことを信じます」。
 そうすれば、あなたの過去の罪は神からゆるされて、いつもあふれるほどの喜びを実際に与えられるとともに、永遠の生命も与えられるのです。
 「この幸せ」「この喜び」は、あなたの体験によって、あなたのものにして下さい。

29.おわりに



 私たちは父なる神の前に、みなひとしく兄弟姉妹なのです。
 どうか、ひとりも滅びることなく、ほんとうの幸福と永遠の生命を得ることが出来ますように、心からお祈りしております。

 万物は神からいで、神によって成り、神に帰するのである。
 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。(聖書)